【実体験】帰国子女の英語:小2で帰国したら英語力は維持できる?日本に馴染める?

こんにちは。バイリンガルママのSofiaです。

 

今回は、小学校2年生でアメリカから帰国した子供の英語力の推移と、日本社会に問題なく溶け込めたのかをご紹介します。今海外に住んでいてこれから子供と一緒に帰国予定の方、帰国子女の子供がいる方、帰国子女のお友達がいる方に読んで欲しい記事です。

それではご紹介します。

スポンサーリンク

小2で帰国した場合

滞在先

アメリカ合衆国

滞在期間

2年

滞在中の学校

平日:現地校

アメリカの公立幼稚園と小学校。ネイティブと同じクラスに在籍。当然授業も宿題も全て英語。

土曜:補習校(日本人学校)

週1回、補習校に通っていました。

補習校について
ある程度日本人がいる地域だと、週末に補習校が開かれます。いずれ日本に帰国する将来に備え国語力の維持に努めます。しかし、当然ながら週一回の開催の為、日本の学校と同じレベルの国語力や学力を維持するのは難しいです。
私の通っていた補習校は、アメリカの小学校の校舎を週末だけ一部借りていました。その為、アメリカの祝日等には広い校庭で様々なイベントが開催され、ネイティブの子供達と参加した記憶があります。
補習校に通う子供達の英語力と日本語力にはばらつきがあります。アメリカにいつから滞在しているのか、アメリカの滞在期間、家庭の教育方針(日本語を維持するための努力をするか、英語力を伸ばすことを優先するか等)、子供の性格や能力に左右されているようでした。私のクラスメイトの多くは駐在員の子供達だったのでその後日本に帰国します。その為、日本語が不得意という子は少なかったですが、一人アメリカ生まれの友達がいました。ご両親はアメリカで日本料理屋を営まれていたため、日本に帰国する予定はないとのこと。そして、本人も日本に一度も住んだことが無いため、英語の方が得意なようでした。日本語は親御さんと話す以外使う機会が無いため、「外国人が話すような」日本語を話していました。

帰国時の英語力

小学校2年生で日本に帰国したときは、英語の方が得意でした。恐らく英語の方が楽だったのだと想います。親とも英語で話していたそうです。親は日本語で話し、私は英語で回答するという流れですね。
夏休み中に帰国したため、暫くはこの状態だったようですが、学校が始まると一変します。

 

帰国後、日本の小学校に通う

私は帰国後、地元の公立小学校に通いました。私の地元にはインターナショナルスクールは当時なく、外国籍の子供も殆どいない地域でした。(まあ、30年近く前の話ですし、インターナショナルスクールがあったからと言って通ったとは思いませんが・・・)

 

カルチャーショックを受ける

元々住んでいた家に戻っただけなので、同じ幼稚園の友達も同じ小学校でした。その為、いじめにあうことは無かったのですが、やはりいくつかの逆カルチャーショックを受けたのを覚えています。

プールで

日本だと同じスクール水着を着ますよね。そして同じ帽子を被ります。

帰国後直ぐに夏休みに学校で開かれる水泳教室に送り込まれたのですが、まだスクール水着を親が買い揃える前だったらしく自分の水着を着ていきました。自分の水着コレクションの中では一番地味な黒い水着を親が選んでくれたのですが、parrot(おうむ)が描かれていたんです。しかもmade in Americaな水着なのでそのオウムはかなり派手だったようで、水着になるなり周りからかなり浮いているのを子供心に敏感に感じ取りました・・・。

逆に、私の目に移る他の子供達は皆同じ紺色のスクール水着と帽子で、ものすごく奇妙に見えました。アメリカだと皆同じ物を着る機会が少ないだけで無く(アメリカの私立学校は小学校から制服があるのは日本と同じです)、肌や髪の色が皆違うので、同じ制服を着ても全く同じようには見えないんですよね。

 

これを読んできっと経験者は「分かる分かる!」と思われるでしょうし、そうで無い方は「うーーん、でもそれ普通じゃ無い?」と思われると思うのですが。

 

まあ、今まで自分が普通だと思っていたことが、場所を変えるとそうではないって事なのですが、世間知らずの子供にとってはかなり刺激的な出来事でした。

その後直ぐにスクール水着を買ってもらいました。何となく、子供心に「あの集団に入らないと浮いてしまっていじめとかに合うかも」と感じたのだと思います。私は割と敏感な性格なもので。

 

学校で

帰国時は日本語を話さなかった私ですが、元々話していた言語ですし学校に通い始めると直ぐに日本語の生活に慣れました。

その中で一つ分からない単語がありました。「もてる」です。

私の知っている「もつ」は「荷物を持つ、ペンを持つ」ですが、「あの子はもてる」ってどういう意味だろう・・・?まさか持ち上げるって事じゃなさそうだしな・・。何となく周囲に自分が理解していないという事実を知られたくなかったので、誰にも聞けませんでした。

その後「異性に人気がある」という意味で使われていることを理解したのですが、こういう「生きた言葉」(もてるはスラングなのでしょうか?)はその国に生きていないと分からないんだな、と子供心に感じたのでした。

 

帰国子女のための英語塾に通う

自分では余り意識していませんでしたが、親としては子供の英語力がどんどん落ちていくのを止めたかったのでしょうね。

帰国子女のための英語塾が当時もあり、そこに週一で通うことになりましたが結局数ヶ月後に辞めてしまいました。私も別にそこが特別好きでは無かったので、異論は無かったのですが、大人になり親にどうしてすぐに辞めたのか聞いたことがあります。

 

親の回答
帰国子女の英語塾に通い続ける限り、あなたが日本社会に馴染めないと感じたから

 

そうなんです。それは当時の私も何となく漠然と感じていたんですよね。

英語を話す=アメリカ文化を忘れない=>アメリカ文化から抜け出せない

日本語を話す=日本の文化に入っていく=>日本での学校生活を楽しむ

英語を話しながら日本の文化に馴染める器用な子もいると思います。でも、私はそれが出来なかったのです。特に私はアメリカが好きでした。あの自由な感じが性に合っていたのです。なので、少し日本の小学校に窮屈さを感じていました。そこを親は敏感に感じ取ってくれたのだと思います。

勿論、これがその後「英語力の大幅な低下」を招くのですが、当時私は日本の公立小学校に通わなくてはならず、出来ればその日々を楽しく過ごして欲しいと親も(そして子供心に私も)感じていたのです。

その為、どちらかを捨てるしかなく、その時の「今である日本の文化」を選択したことになります。

 

これが小学校高学年くらいになると状況は異なるかも知れませんが、小2という未だ自分が確立しきれていない時期の子供には必要な選択だったと思います。(思い返しても残念ですけどね・・・苦笑)

 

英語を維持するために何をしたか

それでは家で全く英語に触れていなかったかというとそんなことはありません。私がアメリカ文化に触れ続けた方法です。

アメリカのホームドラマを見る

定番ですが、アメリカのホームドラマを英語で見ていました。全ての英語が聞き取れたわけでも理解出来たわけでは無いのですが、あの雰囲気が好きでした。特にCosby Show(コズビーショー)とFamily Ties(ファミリータイズ)がお気に入りでした。今のようにYoutubeやケーブルテレビがあった時代ではなかったのが残念ですね。私の母もアメリカ文化が好きだったのが幸いしました。2人でよくBS番組などを撮り貯めては一緒にみていました。

レコードを聴く

レコードというのが古いですね。CDが出始めていましたが、今で言うところの「英語教材」を母親が購入してくれました。30年くらい前の教材なので、調べても詳細は分かりませんが、ヒラリーという女の子とそのお母さんが会話をしながら英語の歌を紹介する内容でした。

この英語教材レコードで、様々な英語の歌を覚えました。London bridge is falling down, My Bonnie is over the ocean, Puff the magic dragon, Holly night 等など.

 

英語力はどうなったか

小学校2年生で帰国してからは、自宅でアメリカのホームドラマをみたりレコードを聴く以外、英語に触れることが無かったわけです。そして自分では英語力を維持するためにこれらをしていた訳では無く、ただ好きだからみたり聞いたりしていました

 

そして学校生活や習い事が忙しくなり、自分がアメリカにいたことも英語を話せたことも忘れはじめていた小学校6年生の頃

今でも鮮明に覚えています。担任の先生がクラス全員をこんこんと怒っていた時、生徒の一人が「皆反省したので、もう遊びに行ってもいいか」という内容のことを聞きました。すると先生が”OK, no problem"と突如英語で言ったのです。他の子はだれもその意味が分からなかったのですが、私だけ「あ!」と思い出し「先生いいって言ってるよ。問題ないって言ってるもの」と声を上げました。

この時周りから「おーーーー」とちょっと尊敬の目で見られ(た気がしただけかも)、気持ちが良くなったと同時に「あ、私、英語話してたんだった」と思い出したのです。

結論

それでは、小学校2年生で帰国した子供の英語力はその後どうなったのかと言うと、時間の経過と共に自分が英語を話せたことすら忘れかけていたが、最低限の英語は頭の片隅に残されていたようです。

一度身につけると簡単に全部を忘れることはない

よく、幼い頃に身につけた技術は大きくなっても忘れないと言いますよね。自転車の乗り方がその例としてあげられますが言語も同じです。

小学校2年生の帰国時に身につけていた英語力は低下しつつ脳みそのどこかに残っていたので、何か刺激を受けてまた再開すれば、その時点からのスタートとなるのでゼロからのスタートでは無くなるという事です。

(自転車に乗れた人は、20年乗っていなくても少し練習すれば乗れるようになるのと一緒です)

 

小2の英語力は余り高くない

ただですね、小学校2年生の英語力なんて、正直に言えばたかが知れています。小学校2年生の日本語や国語力と同じレベルですからね。語彙力も表現力も少なくて、漢字もまだまだ読めません。その為、小学校2年生で英語がぺらぺらだったとしても残念ながら大したレベルでは無いのです。しかし、基本的な文章力、英語に対する語感やアメリカ英語特有の発音や英語耳とアメリカで過ごした楽しい記憶は残されていました。

 

科目としての英語

また、学校科目としての英語力でいうと、中1の英語は問題なく(多少単語を覚えれば良かった程度)、中2の真ん中くらいから何となくお勉強した感じですかね。
(何度も言いますが、小学校2年生の単語力はたかが知れているので、知らない単語はきちんと覚えました)

私はアメリカ生活が好きだったので正直言えばもっと滞在したかったです。でも「もう少し滞在したかったし、英語力も伸ばしておきたかった」という思いが、私をその後、英語好きにしたのかもしれません

 

小5で帰国した場合

私の兄は小学校5年生で帰国しました。彼のケースを簡単に見ていくと、小学校5年生で帰国をしたので小学校2年生だった私より当然英語力は上でした。表現力も語彙力もあったと思います。

その為、中学校の英語の勉強は全く問題なかったようです。しかし私とは異なりアメリカ文化への未練は無かったようで、直ぐに日本の社会に溶け込みました。(もしかすると兄にとっては2年滞在した後でも飽くまでもアメリカが異文化だったのかもしれません)そして、アメリカのホームドラマやレコードよりファミコンやラジコンに夢中になっていきました。

今思えば不思議ですが、彼は私と一緒に英語塾にも通いませんでした。恐らく本当にアメリカも英語も好きでは無かったのだと思います。只、アメリカ滞在中は必要に迫られて英語が話せて読めるようになっただけなんでしょうね・・。

 

スポンサーリンク

大人になった2人の英語力

大人になった今では私の方が圧倒的に英語力はあります。

それは、私が個人的に英語やアメリカ、そして海外文化が好きだったのでその後も英語の勉強を続けたからに他なりません。

勿論、これは一つの例に過ぎません。もし我々があと数年アメリカに滞在していたら大分異なる結果になったでしょう。私は日本語を忘れ、兄も大人になるまで英語力を保ていたかもしれませんね。

 

もう少しアメリカに滞在したかったというのが私の本音です。そうすれば、もっと英語が定着しただろうしな~と思っています。

しかしその後、留学したり海外で働くことで英語力は伸びましたし、伸ばす努力もしました。
そのため、幼少期に基礎を作っておけば、その後の英語力は努力次第で伸ばせることを自分が一番よく知っています。逆に英語力があっても努力しないで放っておくと忘れることを兄が証明してくれました 笑。

まとめ

小学校2年生と小学校5年生で帰国した帰国子女のその後の英語力と心の動きをご紹介しました。

子供が帰国子女のご両親が読まれていたら、是非お願いしたいことがあります。
きっと今お子様の英語力を維持したいと思われていませんか。是非、維持する手助けをしてあげてください。今はそれが簡単にできる時代です。

 

でもお子様によっては英語を忘れたいと思う子もいるかもしれません。当時の私のように、日本の社会に馴染むために、英語と英語が持つ文化、背景、雰囲気を一度手放さないとそれが出来ない子もいます。また、私の兄のように元々海外文化より日本文化の方が肌に合う人間もいます。そんな時は、無理強いしないで温かく見守ってくださいね。

 

英語力の維持は大切です。でも、大人が思う以上に子供は文化の違いを敏感に感じ取りますその時期の子供が嫌がることをさせても子供が苦しむだけですし、結局英語が嫌いになってしまうかもしれませんから。

 

次回は、自分の経験を元に「帰国子女の英語力を保つためにすべきこと」をご紹介します。

 

☆こちらの記事も人気です☆

スポンサーリンク

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事